【大沢】 『島田うどん』 碑
主要県道常陸大宮・那須烏山線を境橋から北東に2㎞ほど走ると進行方向左手に 『島田うどん』 と刻まれた石碑が建っています。

3m位の石碑の表面には、
『烏山名産 (改行) 島田うどん (改行) 伝統の捏と蒸しの島田めん (改行) 記号 弁天食品発祥の地 (改行) 弁天水車跡』
と刻まれています。 

また裏面には 『島田うどんと弁天食品の歩み』 とあり、
そこには、以下の文章が刻まれています。

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昔より平山家の共同水車だったのを明治二年(一九六九年)に平山政吉が譲り受け平山家の氏神が
弁財天(厳島神社)だった処より弁天水車として創業する。島田うどんの由来は語り継れた
話によると明治三十年代の平山三五郎の時に烏山町の明賀屋鉄工場が独創的な木枠で巾
七寸二分太さ四寸ロールの小型の島田製麺機を造ったのが島田うどんの始まりと言われた
これを契機に烏山地内の水車が島田うどんを作るようになりました。平山三五郎もいち早く
この麺機を買い求め島田うどん作りに励みいろいろと苦労をして島田うどんを作りました
これを島田清吉が受け継ぎ代々研鑽を重ね伝統の島田うどんとして今日に至って居ます
(最初の麺機は残念ながら昭和十三年の水害で流失してしまいました)島田うどんの呼名はうどんの型がお嫁さんの
文金高島田の髷(まげ)に似ている処より島田うどんと呼んだとの事です。味の良さと島田うどんの
愛称が皆さんに親まれ烏山の名産品となりました。暫くして烏山を中心とした近郷に普及して
全国各地でも島田うどんを作る処も出て来ました。これが島田うどんの発祥の起源です

平成八年二月吉日    平山勇司・平山典之・平山裕一 建立

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と、島田うどんの歴史と島田うどんの名の由来が記されています。

一軒の水車小屋から始まった島田うどんの歴史。
この碑のすぐ後ろの崖下には大沢川が流れており、途中に段が設けられています。この辺りに水車が架けられていたのでしょうか。
また、石碑の北東には小高い鎮守の岩山があります。怪談を上りきった頂上に、平山家の氏神さま、弁財天 (厳島神社) が建立されています。

烏山の近代産業の黎明期を物語る石碑です。

(取材日:2011/04/20 文責:小室)

住所:栃木県那須烏山市大沢

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