『烏山学館跡』 記念碑 【屋敷】
理容いとうと オープンスペースの間から 西へ路地に入り、 道なりにいくつかクランクを折れると、路地は南北に走るようになります。 その途中、 路地の東側に、 『川俣』 と表札のある大谷石塀をバックに 『烏山学館跡』 と刻まれた 高さ1mちょっとの 白御影石の 記念碑が建っています。

栃木県内の 多くの歴史ある高等学校が そうであるように、 烏山高等学校も 始まりは、 一個人が 私財を投じ 創設したものです。

川俣英夫さん(1856年4月-1924年1月)は、 烏山藩に生まれ、 東京で勉学に励んだのち、 郷里烏山で医師として開業されました。 その後、 烏山町議、 烏山町長と 町の重役を歴任しました。 医師として 万民公平の想いから、貧しい者も進んで施療し、 また 地域教育の大切さを真剣に考えました。 県へ 県立中学校の設立の嘆願を 行いましたが、 聞き入れられず、 遂に 私財を投じて、 現在の位置より西の屋敷町内に、 1907年4月20日 私立烏山学館を設立しました。 これが、 烏山高校の 100年を超える歴史の 始まりです。

氏が創設した 烏山学館は、 後に 県立烏山中学校を経て、 県立烏山高等学校となって行きますが、 県立高校の統廃合のため、 2010年3月 最後の卒業生を送り出し、 100年以上続いた 男子校としての歴史を閉じました。

氏が創設した烏山高校の建学の精神である 「至誠・不屈・礼儀・協同」 の誇り高い校訓のもと 多くの卒業生を送り出し、 たくさんの卒業生が 社会で活躍しています。

この記念碑は 昭和52年10月、 創立70周年を記念し、 烏山高校同窓会が 創設の場に 建てたものです。


郷土の誇り 川俣英夫さんについては、 現在も市内小学校の社会科の副読本に納められています。 この場に立ち、 明治時代の 気骨ある先人に思いを馳せてみませんか。

■ 特記事項
この辺りは、 城下町の通りを 今も残している通りが多いのですが、 この記念碑のある通りも 静かで、 細い路地です。 散策されるのでしたら、 駐車場は 近くの中央公園駐車場を ご利用ください。
また、 この大谷石塀の向こうから通りに枝を伸ばしている 百日紅は、 かつてこの通りの両側に 百日紅の並木があったことを伝える最後の1本だそうです。
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烏山町に多大な 恩恵をもたらした 川俣英夫さんの墓所は、 那須烏山市金井の 一乗院にあります。 山門横には 川俣英夫さんの墓所があることを 案内する石碑が建てられています。
■ カテゴリ詳細
歴史 偉人 教育

取材日:2011/08/29 文責:小室

住所:栃木県那須烏山市中央1丁目20-5

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